桂歌之助師匠が2002年1月2日食道癌のために亡くなりました
このページが歌之助師匠との 大切な思い出のページとなりました
もしお時間がありましたら 読み返してみて下さい
この時はお笑いページのつもりでしたが
今、読み返すと 歌之助師匠の優しさや暖かさが偲ばれます
御冥福を心より祈ります
         
本  名 北村 和喜 1946年(昭和21年)生まれ 出 身 地 岡山県 出 身 校 大手前高等学校 1967年(昭和42年)7月 桂 米朝に入門 1975年(昭和50年)1月襲名改名 桂 扇朝→桂 歌之助、 出 囃 子 たぬき、八島官女 弟子に 桂 歌々志 享年55歳

夏の緊急特別企画 落語家さんと呑む!!. ある一組のバカ夫婦と仲間達が 「一度でいいから落語家さんと呑みたい!」とゆう 野望に挑戦した一夏のドキュメントである。

|うなぎ屋にて密談

}出待ちの緊張

~そして、いよいよ!?

|うなぎ屋にて密談
京都は 河原町六角を西に入った所に、
「かねよ」とゆう うなぎ屋さんがある。
この うなぎ屋の二階で月一で行われているのが
「かねよ寄席」とゆう落語会であります。
米朝門下の 桂歌之助さんが世話人となって
もう13年も続いているとゆう、アットホームな会なのだ。
私たち夫婦もここに通い続けて もう3年になろうとしていた。
そして、最近、私たちの間に、ある野望が生まれて来た。
           落語家さん達と呑みたい!!
         3年も通っているだけあって、マクラなどから
かなり米朝一門の情報には詳しくなっていた。
でも、もっと あんな話、こんな話を聞きたい。
米朝師匠の裏話や、小米朝さんの事をどう思ってるのかとかも本音で聞きたい!!
野望は日に日に大きくなり、抑えきれない所まで来ていた。
我々はすでに 彼らが落語会の後、
木屋町の「○*○*屋」とゆう店で 打ち上げをしているとゆう情報を入手!
できれば、ここで御一緒したい。
偶然を装って、店に行き、ナシクズシ的に合流!?
しかし、よく考えれば、
こっちは、3年の間、歌之助さんの落語を毎月聞き、
すっかり顏見知り気分だが、所詮は演者と客、
いくら、毎月会っていても 今だ他人なのである。
まして、プライベートな席にお邪魔していいものか?かなり失礼ではないのか?
         これはジャニーズのおっかけ同様、かなりイタイ ファンじゃ無いのか?
私のマンガのファンがある日突然訪ねて来て
「銀子さん見てます〜。呑みに行きましょ〜」言われても 
ハッキリ言って、ちょっと ひく。モノには順序があるのだ。
段取りを踏まないと行動できないA型だ。
         
そして、ついに7月30日、落語会当日
         
我々は、「かねよ」の一階に陣取り、うなぎを食べつつ、打ち合わせを始めた。
メンバーは私と嫁さん、アシスタントのゆきポン、友人の「サル」の4人。
前述の様に、もう一つ気が乗らない私、
ナシクズシ的に合流とゆうのも無理がある気がしてきた。
では、どのようにアプローチすればいいのか わからず、悩む一同。
         やっぱり やめるか?
 しかし、この人はやる気満々だ!モ(うちの嫁さん)
         迷った時には、ノッテル人に懸けてみるのも アリだろう。
(ただ この女の場合、いつもノリノリなのだが)
嫁さんは、すでに うなぎ屋のにいちゃんを通じて プレゼントを渡したりしており
「イタイ度」はナンバー1だ。
とりあえず、出待ちをして、サインをお願いし、
サインしてもらってる間に、ノリノリトーク炸裂!!
なんとなく、いい雰囲気に持って行き、もし 迷惑で無ければ 御一緒に、、、とゆう作戦。
(そんな うまくいくか〜〜???)
         
今日の出演は        
       桂歌々志さん     桂米平さん   桂歌之助さん
             (歌之助さんのお弟子さん)
         
         気難しそうな人も おらず、今夜はチャンスとゆう気もしてきた!
         
         はたして、
 この落語家さん達と
楽しく呑む事が出来るのか?
         我々にとっても人生の大舞台だ!
緊張と興奮のうちに 落語会は始まった!
(つづく)

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